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日本人は、家の祭りとして、神祭りと先祖祭りを行ってきました。
神祭と先祖祭は丁度車の両輪の如き存在であります。どちらか一方を欠いても片手落ちでありますので、どうか子孫繁栄・家庭平穏の為にも、心を込めてどちらも大事にして、歩みたいものであります。
家の祭は、各家庭や親族のものであり、他家に大きく作用することはほとんどありませんけれども、家庭の栄枯盛衰には最も強く深く関わっております。
敗戦後この方、日本弱体化をはかったGHQの影響や社会環境の急激な変化等により、敬神の念も希薄化し、神々やご先祖様にも手を合わせない人が増えております。それが、嘆かわしい事件や日本自体の衰退にも大きく影響していると想われてなりません。
忌まわしい事が自分のみならず、子供や孫の代に起こらない為にも、災禍に遭遇しない為にも、神々や祖霊に謙虚に手を合わす生活が大事であります。
現在、先祖祭は多くの家庭で、インド生まれの仏式で行われておりますが、その精神は、日本人が行ってきた先祖を崇める日本的な精神に依拠しております。
仏式が多いのは、 江戸時代に神社仏閣を破壊するキリスト教が入ってきたため(今はそんなことをしてませんが、当時はそのように神社仏閣が破壊されました)、幕府がそのようなことでは日本の文化伝統を守っていけないということで、キリスト教を禁止しました。
それと同時にクリスチャンでない証として、国民に仏式の葬儀を強制しました。その結果、先祖祭りをもともと説かない仏式であるにかかわらず、それを不自然に思うこともなく、現在も踏襲されている家庭が多いためであります。
仏式の強制(違反者は犯罪者であり牢屋行きであります)は明治の御代となり解除され、今では日本の国体にもっともマッチした神式を初め、自由にどの様な形式でも選べる時代となりました。
この世とあの世の観念など、異国の宗教である仏教と我々日本人とではかなりのひだたりがありますが、この世とあの世は、打てば響く関係にあると考えて間違いありません。
仏教では、この地を穢土(えど)と言い、あの世を浄土(じょうど)と言ったり、人が亡くなれば十万億土に行くというような事を言ったりしますが、そんなに隔絶した遠い距離でないことは、霊現象や日々の拝礼の実践等でおわかり頂けると思います。
先祖の祭り方は、先祖の安鎮度や霊の向上に深く関わりますので大事であります。それと同じく、先祖に手を合わすことが大事であります。
この世の子孫の喜びは、あの世の先祖の喜びであり、この世の子孫の悲しみは先祖の悲しみであります。同じく、あの世の先祖の苦しみは、子孫に助けてくれとのシグナルを送り、この世の子孫に影を落として参ります。
簡単に言えば、子孫の生活に悪影響が及ぶということになります。これを祖孫一体の幽理と申します。
先祖祭が積み重ねられますならば、苦しむ祖霊が居られたとしても、その悪影響は最小限にとどまるのみならず、祖霊の安定と霊位向上で、子孫の方が多大の恩恵を受けることになります。
(霊を認めず女性蔑視の傾向のある仏式とそうでない神式では、そこにやすらぎとかかる時間に大きな差があります)
今日のような目に見えざるものに謙虚に手を合わす人が少なくなれば、そのシグナルに答えることができないのみならず、そのシグナルを感受できず、又幽の存在の否定等で、見向きもしない悪循環となったりしますので、行うべきは行って、家門の永続の道を歩んでほしいものであります。
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●神式と仏式について考える 参照ページ |
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▲花園大学の山田無文学長は、「先祖の霊をまつるのは、日本人の美風だが、釈迦は葬式もしなかったし、死人のために読経も回向もしていない。位はいをまつるのは中国の風俗であり、儒教の思想に、日本古来の神道的な民族精神がむすびついて発展したものだ」と、ハッキリ説明しています。
(『神と高まるみたま 日本人の死生観』 石井寿夫著 六二頁 )
▲人間相応の勤を第一にし、身の行を正しくして、死後には神になる様に、心を堅むるが肝要なり。(略)此國は佛國に非ず、神國にて、我も人も貴き神の末なれば、何でも神に成らむ、と心掛べき事なり。それは社々に祭りて在る神々にも、本は人なりしも多く、神は尊く佛は……(略)
坊主が改名付たればとて、天竺の佛の末でないから、佛には成らず、神の末なる故に、善くも悪くも神となるなり。其は桃實より桃木が生え、梅實より梅木の生ずる理に同じ。(平田篤胤全集九巻 仙境異聞下 仙童寅吉物語 二 五六三頁)
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